国道19号を塩尻から木曽路へ向けて南下し薮原を過ぎると、左手に線形改良で廃道となった区間が見てとれます。
その廃道区間と現道との間に挟まれるようにして、小さなコンクリートアーチ橋が佇んでいます。
菅橋(すげばし)です。
菅橋は、1933(昭和8)年に建造されました。立地からすると国道19号中山道の旧道のようにも思えますが、実際には国道から分岐して菅地区へ向かう村道に架けられたものです。
世界大恐慌の影響による不況下にあって、村の発展を期して当時としては革新的なコンクリートアーチ橋を木曽で初めて架橋した意義が認められ、現在は土木学会選奨土木遺産にも認定されています。
右岸側は崩壊の危険があったため、新たにコンクリート擁壁で補強されています。
景観的には少々残念ではありますが、今後も引き続き保存して行く方向であることが認められ、喜ばしい限りです。
アールデコ調の親柱が圧倒的な存在感を誇っています。
右岸下流側は「すげはし」。
「げ」は変体仮名文字で、「希」を崩したものに濁点。
右岸上流側は「昭和八年十月竣工」。
路盤は人為的にコンクリートをはつった跡がみられます。
強度調査であればシュミットハンマーで非破壊計測したりコア採取して行うと思うのですが、かなり大雑把に掘り返されています。単純な強度検査ではない何らかの理由があったのでしょうか…。
欄干は尖塔状の開腹部が組になったものが七箇所あります。優雅さを感じさせる意匠です。
左岸上流側は「菅橋」。橋の字は異字体ですね。
左岸下流側は「町村道 菅道 木曽川」。おそらく左岸側が国道との分岐点であったため、この道の素性を表札よろしく明記したのではないでしょうか。
左岸側は両側とも拓本を取られた痕跡が残っています。
アーチ頂点部分には要石を意識した意匠が。
うっとりする、いつまでも見惚れてしまう佇まい。
川床にも石組みがみられました。基礎にしては橋台部から離れた位置にあるのですが、何を目的に敷設されたのでしょうか…。
上部から見下ろすと、親柱の張り出し、存在感がより一層強調されます。
それにしても半身以上路盤からはみ出していますね。ここまで大胆なデザインをよくぞ考案したものです。
背後を国道19号の鷲鳥橋が一跨ぎしています。
こちらの橋上からは俯瞰して橋を観察することができますが、菅橋側には歩道がなく、国道は昼夜問わず高速でかなりの交通量がありますので、あまりお勧めできません。
不況下にありながら村の発展という思いがこめられ建造されたこの橋が、現代でもなおその姿を残し続けていることを、当時架橋に尽力した方々にも伝えたい、そんな気持ちになりました。
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